さなえーしょん
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◇ 砂の城

 

 子供が二人、砂浜で遊んでいる。海水に浸かるのも飽きてきた頃で、二人して砂浜で砂をいじっていた。
 この子達は家が近くにあるというのでよくこの海に遊びに来ているのだ。
「あのさ」
 片方の男の子が口を開く。もう片方の女の子はそれに反応してそちらを向いた。
「砂で大きなお城をつくろうよ、それで、これからずっとそこで遊ぶんだ!」
 それが面白そうだと思ったのか、女の子は目を輝かせた。そして言う。
「うん、つくろう! うーんとデカいやつ!」
 男の子は少し濡れた、固めることの出来る砂場で形を作り始めた。女の子もそれに続く。
 ずっと懸命懸命に砂を集めては固めて、小さなダムを作り上げた。その頃には、既に辺りは薄暗くなっていた。
「今日はここまでだね、また明日も一緒に作ろ」
 女の子が言う。男の子は、少し名残惜しそうにしつつも家路についた。
 ……次の日、形作っていた砂が跡形も無くなっていたのは言うまでもない。

 ふと、支倉俊祐はせくらしゅんすけは新幹線の車内で目を覚ました。
 あの暫くあと俊祐は家庭の事情で引っ越す事になり、それ以来彼女とは会っていない。
 作っている途中だった城が無くなり、二人して泣いていた記憶が蘇ってくる。
「まだ元気にしてるかな……佳奈かな
 俊介は窓の外をみながら呟く。佳奈、というのが昔遊んでいた女の子の名前だ。
 もう俊祐は大学生になり、冬休みにでも一人で旅行をしようと計画していた。
 それで、ふと思い出したのが小さいころ遊んでいた町。十数年ぶりに見に行きたいと思ったので、旅行はそこにすることにした。
 思えば随分遠くまで引っ越していたんだなと、俊祐は思う。
 ……まだ到着までは時間もあるようで、俊祐は再びまぶたを閉じた。
 
 やがで新幹線は目的地の中間となる駅に到着し、俊祐は下車した。そこからまた電車に揺られて数十分。
 海に近いこともあり、駅に居ても潮の香りが届いてくる。
 昔この町に住んでいた頃はまだ幼かったため、戻ってきてもあまり懐かしさは感じなかった。
「とりあえず……まず荷物置いてこなきゃな」
 俊祐は一人呟くと、駅を後にして予約していた宿へ向かった。
 民宿で荷物を置き、まず今後の予定を考える。とりあえずこの町へ来る、ということ以外特に何も考えていなかったのだ。
 俊祐は、散歩がてら昔の記憶を頼りに色々歩き回ってみることを考え付いた。
 一人旅だったしあまり荷物もなかったが、荷物を置いて身軽になったので早速出かける事にした。
 民宿のフロントを抜け、外へ出るとやはり寒い。俊祐は風が入らないよう、マフラーを巻きなおした。
 耳を澄ますと波の音が聞こえてくる。どうやら思ったより海に近いらしい。
「冬の海を眺めてもなぁ」
 そうは言うものの、俊祐の足は浜辺へと向かっていた。
 砂浜を靴で歩くと予想以上に足をとられる。だが靴を脱ぐわけにもいかず、厭きるまで座って海をながめることにした。
 ぼーっと海を眺めていると、なんだか眠くなってくる。波の音が心地良い。
 突然、後ろから声が聞こえた。
「砂の城を作ろう。もうこの歳にもなっちゃったから、ずっと遊ぶことは無理だけど。作るだけなら、ね」
 驚いて後ろを振り向く俊祐。歳をとっても昔の面影は残っている……佳奈だ。
「か、佳奈? 久しぶり! よく俺に気付いたな」
「こんな場所に座ってじっとしてりゃ、誰だって注目するっての!」
 そう言われて俊祐は辺りを見回したが、佳奈しか居なかった。人通りのあまり無い所を歩いていて、偶然見つけたのだろうと俊祐は思う。
 佳奈は早速サクサクと砂浜を歩き、固めることの出来る砂の辺りまで行った。
「ほら、早く来なよ」
 俊祐はそれに答えると、早足でそちらに向かう。
「折角作るなら、立派な城作ってやっか!」
 そう俊祐は気合を入れると、砂を固め始めた。

「ところでさ、何で戻ってきたの?」
 と、佳奈。
「大学が冬休みだったからな、それに合わせて一人旅でもしようかなって思ったんだよ」
 と、俊祐。
「冬休みか、懐かしいね。あたしにはもう関係ないことだけどね」
 砂をすくっては固めてゆく。
 手が冷たくなっていたが、こうやって何かをしながら話すのはお互いに気が楽だった。
「あれ、佳奈はどっか会社にでも勤めてるのか?」
 その問いに、佳奈は苦笑いで返す。
 俊祐も、なんとなくおかしな質問をした気がした。
「まさかこんなことをもう一度出来るとは思わなかったよ」
「俺もだ」
 引っ越したから二度と会えないだろうなとは思っていたものの、いざ会うとなるとまた変な感覚が俊祐を襲う。
 別に引っ越したのは関係なくて……。
 そんな事を話してるうちに、いびつな四角い、とてもじゃないが城とは呼べないようなものが出来上がった。
「……なんかできた」
「……だな」
 俊祐はこれだけでは許せなかったので、指で四角く線を入れて窓をいくつか作った。
 が、どう見ても城には見えず、俊祐は呟く。
「これじゃビルだな」
「ははっ、充分充分」
 もう辺りはすっかり暗くなっていて、海は認識すら出来ないくらい黒くなっていた。
 空に見える無数の星は綺麗だが、少し離れたところの街灯がなければ道すら見えないだろう。
「とてもじゃないけどロマンチックとは言えないな、これじゃ」
 急に佳奈は立ち上がり、人差し指だけ立てて俊祐の目の前に手を投げ出した。
 その顔は恐らく笑顔だったが、暗くて俊祐には把握できない。
 そして、半ば叫ぶように佳奈は言った。
「早く彼女作りなよ、いつまでも思い出にすがってんじゃねーぞっ!」
 その瞬間、俊祐の記憶が蘇る。
 彼女……佳奈は、引っ越す直前海の事故で亡くなっていた。
 それを知らされて、葬儀にも出席して、でも認めたくなくて。
 ずっと「そんなことない」って思ってたらそれが『本当』になって。
 俊祐の中では、ずっと、今まで佳奈は生きている事になっていた。
 ひとこと言われた後、気付けば佳奈はどこにも居なかった。

 海は静けさを取り戻し、また同じリズムで波の音が聞こえ始める。
 俊祐は再びしゃがんで先ほど二人で作った、城とは呼べない何かを触って確認する。
 それは、確かにそこに存在した。
 俊祐は海に背を向けて歩き出す。
 先ほど俊祐のいた辺りには、指でなぞった文字が書いてあった。
 それは誰にも見られないまま消えてしまうだろうけど、佳奈に宛ててのメッセージになれば良いと思って。

 ――砂で作り上げたものはいつかなくなってしまうけど、作ったという記憶はずっと残り続けるんだ。