◇ 10枚の銀貨
この町が交易都市として活躍していたのは、もう百数十年も前になる。
そんな潮の香りのする町を、俺……水野春樹は歩いていた。が、すぐにその歩みを止める。
「おーいハルキ、置いてくぞ」
「まぁちょっと待てって浩介」
今日から開催されるというイベントに対し、楽しみで仕方ないといったふうな親友である及川浩介(に返事を返す。
俺が見つけたのはいたって普通の露天だったのだが、イベント中にしか開かれないような露天だった。
様々な品物をしばらく眺めてると浩介がこちらへ戻ってくる。
「なんだよ……ってうわー、いかにもお前が好きそうなモンばっかりだな」
浩介の言いたいコトはよく判る。目の前の露天にはイベントのプレミアムコインから始まり、百年ほど前の銀貨や貿易銀(レプリカだが)まで置いてある。
俺はこういった銀貨とかが大好きで、そういったものを見ると財布を確認せざるを得ない。
「なんか買うんか?」
俺が財布の中身を確認している間に浩介が聞いてくる。まぁ焦るなって、今どれだけ買えるか確認してるんだっての。
どうすっかな、ぶっちゃけ「ここからここまで」って露天の端から端まで指差して買いたい気分だ。
でもさすがに高校生になったばかりの俺にそんな財力があるわけも無く、ずっと悩まされているわけだ。
「ハルキ、早く行こうぜ、オレもうガマンできねぇ!」
急かしすぎだろ浩介……。
俺は諦めて貿易銀のレプリカだけを十枚購入し、露天を後にした。
「んなに沢山同じの買って、どうすんだよ。露天の兄ちゃん目ぇ丸くしてたぞ」
「いいだろ、別にこまらねぇんだから」
「んなもん使い道すらねぇじゃん……」
全く浩介は判ってない。これには語りつくせない価値があるんだぞ、きっと。
結局露天からイベントのメイン会場までは数十メートルしかなかったので、俺らはすぐに会場に着くコトができた。
入り口でチケットを購入して中へ入る。
「おい! パンフレット買おうぜパンフレット!」
中へ入った瞬間、浩介のテンションはうなぎ上りだ。絶対人のこと言えないと思うんだよな。
俺が反応する前に浩介はパンフレットを買いに行くと言って、どこかへ行ってしまった。
……もう知らんがな。いざとなったらケータイがあるし、しばらくしたら電話でも来るだろ。
さてどうするかと思った時、辺りの景色は一変した。
一変した、というか、真っ暗になった。違うな。自分の姿は見えるから暗くはなってないのか?
ってかそんなコト考えてる場合じゃないし!
だ、誰かー! 助けてくれぇー! そんな切ない叫びも闇に吸い込まれていく。
ふいに金属のこすれあうような音を聞いて、俺は驚きつつ振り向いた。
そこには、女の子が居た。
髪はピンクに近いショートカットで服はタンクトップ、靴に近付くにつれて太くなっているタイプのジーンズパンツをはいている。先ほど鳴った金属音は、彼女のつけているアクセサリーのようだ。
「だ、誰だアンタ」
そりゃもう俺の驚きは有頂天だったわけよ。……ん? 言葉の使い方間違ってるか。んまぁそれくらいヤバいんだよ。
服のセンスが女の子っぽくない所とかすげー良いな、いや違う、そこじゃない。
「あれ……銀貨持ってるんだよね、おかしいな。この風景見えない?」
俺が女の子を見て固まってるのがおかしいとでも言うように、女の子が首をかしげながら辺りをぐるっと指差す。
当然、俺には景色など見えてるわけも無く、先ほどと同じように暗闇が続くだけ。
「全くもって見えん」
割とこれは即答だった気がする。実際見えないんだからしょうがない。
「うーん、ま、いっか」
女の子は本当にどうでも良さそうに呟くと、にっこり笑いながら俺に向かってこう言い放った。
「あなたの持ってる銀貨、全部奪いに来たのよ」
意味が判らん。
「なんでだよ」
俺は負けじとぶっきらぼうに返す。
それに対して、女の子はやっぱりまだにっこりした顔のまま続ける。
「もち、なんとなく」
畜生! なんとなくで俺のなけなしの銀貨(さっき買った分)取られてたまっかよ!
そう思った直後、暗かった世界に一本の道が出来る。それと同時にいたって普通な太陽のような光が射し込んだ。
俺が最初暗い世界で驚いたように、いきなり景色が変化して再び驚く。
「あら時間差? 今更見えるようになったとか?」
女の子の質問に頷きで返す。
「そっか、じゃあ今更だけど」
と、口に出してから女の子は背筋をしっかり伸ばして体勢を正すと、紳士のようなお辞儀をして言った。
「ようこそ、現実と幻想の境界へ」
今更かよ! そう突っ込む間もなく、女の子は光に包まれて消えてゆく。
「ち、ちょっと待てって! 俺はどうすりゃ戻れんだよー!!」
俺の叫びは虚しく消えていった。なんだこれ、今日はツイてないのか……? 叫ぶの二回目だぞ二回目、多分。
どうすれば良いのかわからず立ちすくんでいると、どこからか泣き声が聞こえてくる。とりあえず、俺はその泣き声の方向へ行ってみることにした。
目の前で泣いているのは幼女。意外と近くてびっくりした。
「どうして泣いてるんだ?」
何の気なしに話しかける。
幼女は泣き止み、少し考えるような間を置いてから再び泣き始めた。
「お、おい」
「おばあちゃんが、たいせつ、に、……ヒック、していた、つぼを、……ヒック、わっちゃ、ったの」
嗚咽(を漏らしながら、一言一言幼女は紡(ぐ。
なるほど、それで帰るに帰れずここで泣いてるワケか。
俺はしばらく幼女が泣き止むまで励ましの言葉をちょこちょこかけながら待つ。さすがにほっぽってどっか行ってしまうのは酷いだろ……。
やがて落ち着いてきた幼女はこう言いやがった。
「あのお店やさんでね、おなじのがうってたの」
まさか俺に買わせようってんじゃ無いだろうな幼女。もしそうなら狡猾(ここに極まれりだぞ。
「ぎんか4枚だって」
上目遣いで俺に買わせようとしてきやがった、って言うか銀貨って! 畜生! 銀貨全部奪うってそういうコトかよ!!
幼女は俺の機嫌を伺っているようだ。しかも気付いたら俺の服の端っこ掴んで逃げられないようにしてやがる! どうせこれ振り払ったら泣くんだろ!? 畜生!
仕方なく、本当に仕方なく俺は幼女に銀貨を4枚手渡した。
「あ……ありがとう、お兄ちゃん!!」
屈託(の無い表情でかわいい笑顔を作る幼女。演技だ、これは演技だ絶対。
幼女は貰った銀貨を大事そうに握り締め、トタタタッと駆けて行ってしまった。
「……参ったな、結局帰れないじゃないか」
腕を組んで考える。一本道なので、この道を進んでいけば帰れそうではあるが、またこう言った『銀貨を使わざるを得ない』状況が出てくるコトは明白だった。
「あと6枚か……」
この6枚は俺の宝、絶対使わない! と心に決め、俺は再び道を歩み始めた。
道を歩いているとまた何かある。
【この道通りたければ銀貨を3枚ここに入れる事。】
何故か道のど真ん中に門があって、そのすぐ前にコインケースが置いてある。
畜生、力技かよっ!!
そう咄嗟に思ったものの、別に門の周りに囲いなどは無く、普通に門を迂回すれば通れそうな感じだ。しかも門の横幅は自分3人分ほどしかないため、迂回と言えど1、2歩余分に歩くだけのようだ。
「甘いな、俺はこんな門つかわないぜ!」
そう言って道から外れた瞬間、地面が消えた。
「はい!?」
裏返った変な声が出る。俺浮いてる! 浮いてるよっ!!
「たあああぁすけてくれええええぇっ!」
俺は力の限り叫ぶ。ぶっちゃけた話、叫んでも誰かに聞こえるかどうかと言えば怪しい所だった。
だが、何故か目の前に人が現れる。ジェットエンジンを装着したマッチョメン。
マッチョメンはジェットで飛びながら俺を眺め、唐突にいい笑顔でサムズアップをしてきた。その後、手はパーをしてから親指と小指だけたたんだサイン。
つまりあれだ、今マッチョメンの指は『3』を示している。
畜生……! 心の中で悪態を吐きながら俺は叫んだ。
「払う! 払うよ3枚! 畜生!!」
俺が諦めたからか、始めから助けるつもりだったのか、マッチョメンは俺をしっかり掴んでからジェットで急上昇した。
「どうせなら門の先に送ってくれよ!」
そう叫んだのに無視されたのか行けないのか、先ほどの門の前に戻され、俺は泣く泣く3枚の銀貨を渡す。
渡された銀貨を確認し、マッチョメンはすぐに飛び去ってしまった。後に残されたのは、先ほどと同じく俺だけ。
思わずため息が出る。この門は絶対に通らなければならないらしい。
ふと、マンガ的な展開を想像してしまう。
この門を通ると、俺は特別な能力を手に入れて、巨大な組織と戦う事になるとか……。
はたまた使った銀貨が功を奏して、大量の金銀財宝を手に入れるとか……!
始めに聞いた言葉、『ようこそ、現実と幻想の境界へ』。この門の先は幻想の世界とか。
そういう想像をして俄然やる気が出てきた俺は、コインケースに銀貨を3枚収める。
銀貨を収めた瞬間、待ってましたと言わんばかりの勢いで門は開いた。
想像したとおり、門の中は光に包まれていて何も見えない。
「これから、俺の冒険が始まるってか!」
一言だけ呟いて、俺はその光の中へ足を踏み入れる。
気が付くとイベント会場内、俺が最初にたたずんでいた場所に居た。
戻ってきた直後こそぼーっとしていたものの、急に思い出しガバッと財布を開ける。
やっぱり銀貨は全部無かった。ち、畜生! マジで『全部奪う』だけかよっ!
当然と言っちゃ当然だが、何か特別な力を手に入れたとかそう言った感覚は全く無い。
「ドコ行ってたんだよハルキ……探したぜ」
いつの間にか戻っていた浩介に何も言い返す気が起きず、俺は半ば放心状態でため息をつく。
少し離れた場所から、最初に出会った女の子の声が聞こえた気がした。
銀貨、ごちそうさまでしたー。 |