さなえーしょん
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◇ 囚われた娘

 

 わたしは今、窓もドアも無い一面まっしろな部屋に居た。
 でも不思議と怖いとかそういう気持ちはなくて、むしろ気持ちは落ち着いている。
 ……じゃなくて。なんでこんな所にいるんだろう。どう見ても入り口ないし。
 思い出そうとしても、だめだ、全然思い出せそうにない。
 集中して記憶を手繰り寄せ、昨日の記憶からつなげてゆく事にした。

 昨日――。
 わたしは布団から飛び起きると、時計を確認した。
 まずい、ギリギリ遅刻だ。多分。
 猛ダッシュで着替えて、自分の部屋を出て、階段を下りる。
「朝ごはんは?」
「いらないっ!」
 聞いてきたお母さんに一言だけ告げると、慣れた手つきで靴を履いて玄関のドアを開けた。
 幸いにも、自宅から学校まではそんなに遠くない。走って間に合えばいいけど……。
 もう通学路に殆ど人は居ない、居てももう諦めて歩いてる人か、わたしと一緒に走ってるかの二択だ。
 少し離れた場所からチャイムの音が聞こえる。予鈴だ。
 わたしは、ラストスパートとばかりに気合を入れなおして思いっきり走った。
 結果、無事一分前に教室内に入ることが出来た。
「おはよ、今日も絶好調だね。結花ゆか
 その友達の一言に、息も絶え絶えなわたしは答えることが出来ず、とりあえずビシィッ! と、サムズアップだけする。
 息を整えて席に座るのとほぼ同時に、先生が入ってきた。

「……退屈だぁ」
 時間は飛んで昼休み。わたしは机に突っ伏したまま一言呟く。
「朝っぱらから愉快なことをしてるのに、なにが退屈なのよ」
 わたしが小学校の頃から付き合ってる親友、水島遥子みずしまようこがわたしの言葉を一蹴する。
「ほら起きなさい、ご飯食べられないでしょ」
 頭をぺしぺし叩かれ、わたしはむくりと起き上がった。
 いつものようにカバンを開けて、お弁当を……。
「お弁当、忘れた……」
「待ってるから、購買こうばい行ってきなさいな。いつものことだけど、パンならまだ売ってると思うわよ」
 そう言われて、わたしはしぶしぶ購買へ向かうことにした。
 わたしが購買に着くとそこは既に生徒でごった返している。
 どうやら定食とかを食べるにはスタートダッシュが肝心らしい。
 既にカウンターに並んでいる人は殆どおらず、皆思い思いの席について雑談を交わしながら食べている。
 わたしはラックから取り出した菓子パンをカウンターまで持っていき、ポケットに入っている財布から120円取り出して手渡す。
 やがて教室に戻ると、律儀にも遥子は自分のお弁当を開けずに待っていた。
 購入したコロッケパンを高々とあげて、わたしは席に戻る。
「なによ、それ? 恥ずかしいからやめなさいな」
 席に戻るなり遥子がツッコミを入れてきた。しょんぼりした顔をしつつ、頭上にあげていたコロッケパンを机の上に置く。
「それだけじゃ足りないでしょ、私のお弁当つまんでも良いわ」
「ありがとう遥子! このご恩は」
「それもいつものことじゃない」
 ……わたしのセリフ切られた。確かにお弁当忘れることが多い私はよく遥子のお弁当をおかずにパンを食べてるけども。
 それじゃ、とわたしと遥子は包みを開けてお弁当とパンを食べ始める。

 何となくバタバタしていた昼休みが終わり、気だるくなるような午後の授業が開始された。
 気だるくなるような、というか気だるい。
 きっとこの陽気のせいだろう、梅雨も明けて季節はこれから夏へ一直線! さすがに少し暑いし、眠くもなる。
 そう、眠くなるんだよ、仕方ないことなんだ、これは。
 そんな事を考えていると、さすがに本当に眠くなってくる。もはや先生の言葉など耳に入ってこない。
 ……気が付くと寝ていたらしい。
 ちょうど授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、わたしは辺りを見回した。
「おはよう」
 ひとつ前の席でノートや教科書を纏めつつ後ろを振り向いた遥子が一言だけわたしに向かって言う。
「おはようございます」
 深々と頭を下げて遥子に挨拶をした。
 遥子が纏めたノート類をカバンに入れ、わたしもそれに続いて机を空にする。
 特に部活動に入ってないわたしはそのまま帰宅だ。
「今日は文芸部の活動があるから」
 遥子がそう言って席から立つ。
 わたしもそっか、とだけ言うとカバンを手にとって教室を出た。
 
 通学路には大きな川があって、その脇を通っていく。もちろん、帰りもそうだ。
 その帰り道に、大きな川の脇に挙動不審な人を見た。
 その人はちょっと大きめのダンボールをかかえて、何か探すようにキョロキョロしている。
 ちょっとそのダンボール箱に何が入っているのかとか、なんであんなにキョロキョロしてるのか好奇心がうずくけれど、たまにそういう人を見かけることもあるし、あえて気にはしないようにした。
 家に着くと、まず家の鍵を開け、ドアを開ける。
「ただいまー」
 どうせいつものことではあったが誰も居ない。リビングの机の上を見ると、メモ書きと朝のお弁当が置いてあった。
 ――おかえり、今日帰ったらお昼ご飯に使ったお金を渡すからね。
 だってさ。ありがとうお母さん。
 そのメモ書きに「コロッケパン120円」とだけ書くと、階段を上って自分の部屋に行く。
 とりあえず制服を着替えてベッドに寝っころがりながらマンガを読んでいたら、非常に眠くなってきた。
「今日は眠い日だなぁ」
 そう一人で呟くと、マンガ本を放り投げて寝た。

 ……再び時間はいったん白い部屋、つまり現在に戻る。
 昨日は何も無かった。となると今日中にここに来るような出来事が起こる事になる。
 記憶を手繰り寄せる。
 うーん。昨日の記憶の続きで、ぼんやりだけれど今日の記憶を思い出してきた気がする。
 今日は休日だから、学校はお休みで……。
 お休みの日はあんまり外へ出ないから、きっと外に出るような出来事があったハズ。
 結局ここには何も無いようなので、昨日のことを思い出したようにゆっくりと思い出していく事にした。

 今日――。
 ピピピッ、ピピピッと、何かうるさい音に起こされる。
 次第に意識がハッキリしていくにつれて、それは目覚まし時計の音だという事にわたしは気付いた。
 時計を止めて考える。なんで今日は休みなのに目覚ましをセットしていたんだろう。
 ベッドの近くに落ちているマンガ本を見て思い出した。
 そういえば、昨日の夜起きたときに目覚ましのセットを忘れてたって思ったんだっけか。それでセットしてから安心して寝ちゃったんだ。……多分。
 もう一度寝ようかとも思ったけど、せっかく起きちゃったんだしこのまま起きよう。
 わたしは大きく伸びをしてから着替えた。

「おはよー」
「あら、今日は早いのねぇ」
「うん、起きちゃったからそのまま起きようかと思って」
 リビングにおりると、まだお母さんが朝ごはんを作り始めているところだった。
 いつも休日は昼頃まで寝ているのだが、ちょうど良いからと朝ごはんを食べる事にした。
 テーブルに着いて少しも待つとお味噌汁とご飯と多少の漬物がテーブルに並ぶ。
 わたしもただボーっとしてるのはイヤだったので、お皿を運んだりするのは手伝った。
 ……その朝ごはんもさっさか食べ終え、自分の部屋に戻る。
 自分の部屋でイスに座ってボーっとしてて思った。
 早く起きたは良いものの、特にすることがない。
 ふと、机にかけてあるメモ書き用のホワイトボードに「CD」と書いてあるのを見て、思い出す。
「そうだ、欲しいCDあったんだ」
 わたしは呟いてお財布の中身を確認する。これだけあれば目当てのものが買える上に、衝動買いにも対応できるハズだ。
 早速手に取ったお財布をポケットに入れて、ミュージックプレイヤーを片手に家を出た。

 CD屋は駅の近くにある。駅は通学路である川の隣を通って、学校の前を通ってもう少し先だ。つまり、ちょっと遠い。
 お散歩気分でわたしは歩く。あんまり天気が良くないのが残念だけども。
 ここは昔から見慣れた川だが、やっぱり川の隣を歩いていると気持ちが良い。
 この川は大きい割には意外と人通りはなくて、いっぱい人が居るのは大体通学時間とかそれくらいだと思う。
 今も学校前に到着するまでにすれ違ったのは手の指で数えられるくらいの人数だ。
 やがて駅前に到着し、目当ての店の中に入る。
 結構大きい音楽系のお店で、CDだけでじゃなくて楽器なんかも取り扱ったりしているが、わたしは音楽活動とかはやらないからそっちには行ったことはない。
 早速新譜の欄を眺め、ほしかったCDを手に取ってレジに進む。
 会計を済ませて店を出たときに他の曲も視聴台で聞いておけば良かったと思ったけど、もう出てしまったこともあって戻るのはやめた。
 買ったCDの入った手提げ型のビニール袋を持って、来た道を戻る。
 学校の前を通って、少し歩いた辺りで川の真ん中辺り、そこだけ陸地になっているところにダンボールを見つけた。
 昨日見たような、大き目のダンボールだ。
 いつもなら何も気にしなかったんだけど、何か動くものがダンボールの上辺りにある気がして河川敷までおりる。
 ダンボール箱を注意深く眺めると、そのダンボールからひょこっと可愛い耳、そして顔が出てきた。
「……ネコ!?」
 誰かが捨てたのか、真っ黒いネコがダンボールの中に居るようだ。
 でも、あそこは危なすぎる。ちょっとでも雨が降ったりしたら、水かさが増して簡単にあの小さな陸地は飲み込まれてしまう。
 わたしは急いで靴と靴下を脱いで、川を渡った。
 ダンボールの中をのぞくと、やっぱり黒いネコが入っている。まだ子供のようで、少しちいさかった。
「ちょっとゆれるけど、ガマンしてね」
 とにかくここにダンボールがあったら危ないと、わたしは子猫に断ってからダンボールを持ち上げた。
 直後、パラパラと雨が降ってきた。
 あのままだと危なかったことと、今この子猫が入ったダンボールを手に持っている事に安堵を覚えつつ、わたしは戻ろうとした。
 ――こんなことになるなら、せめてイヤホンを外しておくべきだった。
 急いでいてイヤホンを外すことすら忘れていたわたしには全然わからなかった。
 恐らく、上流はいきなりすごい雨が降ったのだろう。
 水が襲ってくる。この表現はあながち間違いではないと思う。
 ……鉄砲水だ。顔をあげたわたしの目の前に、恐ろしい勢いで水が流れてくる。
 とっさにダンボールを離さないように強く抱えて、……水に飲まれた。

 今現在、白い部屋を見回して何の気無しに思う。
 そうか、ここは死後の世界なんだ。
 その瞬間というべきか、気が付くと少し離れたところのイスに誰か座っていた。
「自力で死ぬ直前の記憶を取り戻す人をはじめて見たよ」
 クスと笑いながら、その人は言った。何となく男の人っぽい気もするけれど、どっちだかわからない。
 どっちにしろ、自分が死んだなんて全然信じられない。
「さて、キミの行いを見てたけれど……」
 わたしの気持ちなどいざ知らず。目の前の人は自分の話を続ける。
「不慮の事故だったこともあるし、キミが助けたかったネコの事もある」
「えっと、どういうことですか?」
 思わずわたしは尋ねた。何が言いたいのか全く判らない。
「つまり、あんまり言いたくは無いんだけど、キミが死んだのは想定外だったという事。本来なら、キミはCDを買う前に数分視聴台に張り付いてて、ネコが流れた後にあの川を通るはずだった」
 クエスチョンマークを出しているわたしに、わかりやすく説明してくれた。
 わたしは死なないはずだったんだ。でも、それだとあの子猫が……。
「そう、だから一つだけチャンスをあげよう」
 わたしの心を読んだかのようにその人は告げる。
「あのネコか、キミか。どちらか片方だけ生き返す事が出来る。もちろん、キミが生き返りたいと願っても誰も咎めないよ」
 いきなりそんな難しいことを言われた。
 ……。
 わたしが黙り込んで悩んでいると、目の前の人は言った。
「家族と、もう会えない事ほど悲しいものはないよ」
 それは判ってる。でも……。
 わたしはしばらく悩んでいた。数十分? いや、数時間かもしれない。だが、やがて一つの結論に達した。

 もちろん、わたしが選んだ選択は……。